ものすごくおそろしくて、ありえないほどかわいい

花田雪子は小さくてかわいいものが好きだ。


「熊ちゃん、見て見て、猫だよ! かわいー!」


彼女はデートの途中であっても、俺の隣から離れて猫まっしぐらになる。
それはいつもの光景だ。
そして猫は彼女に気づくや否や、素早く茂みに飛び込んで姿を消してしまう。
……それもいつもの風景だ。


「逃げちゃった……。あ、かたつむりさん」


彼女はかたわらの紫陽花の葉の上のかたつむりに手を伸ばした。
刹那、かたつむりは驚きの瞬発力を発揮し、
身をすくめると転がるようにして茂みの奥へと消えた。


「……」

「池のほうにも行ってみよう、花ちゃん」


俺はさり気なく話題を変える。
ここまでが、いつものお約束だ。



彼女には不思議な特性がある。

それは小さくてかわいいものに拒絶をされてしまうということ。

いくら小さいものに引っ掻かれようが喚かれようが嫌われようが、
彼女は小さくてかわいいものが好きなことを諦めなかった。
見た目はおっとりとした女の子らしい女の子なのに、
信念を曲げない強さに、俺は惚れ込んでいた。





「公園内にお越しいただいているお客さまにご連絡です。不忍動物園から二頭の大型動物が脱走しました。捜索と捕獲のため公園を順次閉鎖中です。大変危険ですので……」


不忍池の蓮畑を眺めていると突然、物騒な園内放送が流れた。
周囲もざわつき始める。


「なんだか危険そうだね。ここから離れようか」

「う、うん……」


不安気な彼女の手を引き、足早に駅へと向かう。


「熊ちゃん。何かあったら守ってくれる?」


何かって……もし、大型動物に出会ったら?
それがライオンかもしれないのに?
と、言葉にしかけてあわてて唇を噛む。
か弱い彼女は、ただ安心がほしいのだ。

俺は彼女の手を強く握り返す。
男らしく頷いて見せようと振り向き、
目を見開き口を開け、……叫んだ。


「ゾウとカバっ!?!?」


なんの冗談だ。
いや、むしろ冗談であってほしかった。

彼女の頭越しに見えたのは、アジアゾウとカバの暴走だった。
しかもなんの因果か、脇目も振らずにこっちへ向かっている。

人々は蜘蛛の子を散らすように逃げまどう。
狭い道で避け切れず、池へ飛び込む人までいた。

阿鼻叫喚の地獄絵図。

競い合うように並走する二頭は異様だった。
立ち止まって唖然とする彼女の手を引き、
二頭に背を向け再び駆け出す。


「ぱおー!」
「ゔぉゔぉゔぉー!!」


道並みにあるベンチや柵が弾け飛ぶ音は聞こえるのだが、
一向に足音は止まらない。
大型動物は痛覚が鈍感にできているのだろうか?


「きゃ!」


そんなことを考えながら走っていると、
小さな悲鳴と同時に手から重みがするりと消えた。

振り返ると、彼女が前のめりに転んでいた。
少し後ろには脱げたハイヒールが転がっている。

しまった。
脇に抱えてでも
本気で逃げるべきだったのだ。


「花ちゃんーーーー!!!」


迷うことなく俺は道を戻る。
猛獣たちが起こす振動は近く、脳が痺れる錯覚を起こす。

絶対に傷つけてたまるか、と彼女を全身でかばおうとしたとき、
ゾウとカバが目と鼻の先ゼロ距離にいたので俺は、

「さすが、重量がトン単位の動物は顔がデカいなー」

と、思った。







「ぱおー♡」
「ゔぉゔぉー♡♡」
「……」


彼女には不思議な特性がある。

それは小さくてかわいいものに拒絶をされてしまうということ。
ただし、大きくて怖そうなものには狂信的に好かれるということ。


先ほどの騒ぎが嘘のように、
ゾウとカバは彼女の膝元でごろごろと腹を見せて甘えていた。
彼女自身は座り込んだまま、二頭に囲まれて動けないようだった。

俺はというと、5mほど突き飛ばされはしたが特に怪我はなかった。
起き上がり、彼女に危害が及ばないことを確認して、警察に電話をかける。


「もしもし、不忍池でゾウとカバを発見しました。いえ、大人しくしています」


電話の向こう側が騒がしくて、少し声量を上げた。


「はい、そうです。僕は高橋文人と言います。連絡先は……」


彼女は知っている。

自分が大きくて怖そうなものに好かれることを。

それが「女の子らしくない」というコンプレックスとなり、
小さくてかわいいものに固執していたのだ。


「ねえ……」


電話を切った俺を呼ぶ彼女の声は、低く掠れていた。
ここまでの事態は初めてだから、怖いのだろうな。

俺は用心しつつゾウの横を通り抜け、
彼女の元に歩み寄り、そっと抱きしめた。


「……熊ちゃんは……違うよね?」


耳元の言葉に呼応するように
背中に冷たい一筋の汗が伝い落ちた。


身長195センチ。
格闘家体型。
切れ長の一重に角刈り。
プーさんに似ているから、とつけてくれた「熊ちゃん」という愛称。
腕の中にいる、ふた回りほど小さな彼女。


まさか。
もちろん俺は、自分の意思で彼女を好きになった。
でも、その一言で早く彼女を安心させたいのに、
さっきから喉の奥が異様に乾いて、震えが止まらないのだ。
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遠藤あかね

Author:遠藤あかね
あかねだよう。

絵日記を描こうと思ったけど
無理だったので
50のお題という
創作文章系ブログにします。
しばしはね。

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